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『デザイン方法論の日米比較・分析』連載1

永木康人 NECデザイン USA(S 58年度卒)

目次
はじめに
1シリコンバレーを成立させているもの
1-1.スピードある開発
1-2.技術の統合
1-3.研究者間の交流
1-4.これまでにないものをつくる方法
1-5.インターディシプリナリー(超領域型)な研究、開発
1-6.スタンフォード大学の影響力

はじめに

 渡米以来、あっという間の3年半が過ぎようとしている。当初、リサーチ中心に考えていた業務内容も、北米デザインビジネススタイルの影響から、具体的なデザイン業務に加え、新しいビジネスモデルの提案までを求められるようになってきた。すなわち、デザインがいかに企業活動に貢献するかを問われているといえよう。早々に、言われたことだけをやっている場合ではないと言われたわけである。
 今回、日米デザインビジネス及び方法論の比較を行うにあたり、数社のデザインファームを訪問しアンケートとヒアリングを実施した。(北米デザインプロセス調査・研究参照)
 日米デザイン業界は、日本の場合ほとんどがインハウスデザインであり、他方北米ではほとんどが独立した企業であるといった根本的な大きな違いがある。よって、北米においては社内デザイン部門を持たない企業が一般的である。これは、デザインを重要視していないという意味ではなく、むしろデザイン専門企業に任せようと考えているからである。なぜなら、社内には数人のデザインディレクターからなるデザイン決定部門と有し、デザイン担当役員が責任を担っている。また、多くの企業がブランドを構築する手段としてのデザインの役割を重要視しており、コーポレートコミュニケーションという考え方からも、デザインの必要性を十分認識しているといえよう。
この報告書が、今後のデザイン戦略構築の上での一助になれば幸いである。

1.シリコンバレーを成立させているもの

1-1. スピードある開発

サンフランシスコから70キロ南のサンホセまで、シリコンバレーと呼ばれる地域が、アメリカ経済の牽引力になったのは、1990年代以降のことである。もともとあった半導体製造業界に加えて、パソコン業界、各種ソフトウェア業界、ネットワーク業界、ドットコム業界と、さまざまな技術が累積して一大IT地域を作り出し、それらが互いに相乗作用を巻き起こしながら次々と新しいビジネスへと展開していったことがその背景にある。
シリコンバレー型の研究・開発には、他の地域には見られない特殊な様相がある。それは主にソフトウェアという、新しい産業の特徴と表裏一体なものだと言っていい。その特殊性の中核にあるのは、研究から開発、製品化にいたるまでのスピードだ。製造業と違って、ソフトウェア産業には人材以外の大型設備投資が不要。さらに競争が激しいこと、中核技術自体が刻々と変化していることなどが、そのスピードの背景にある。また、断続的に開発が進められ、ある時期にバージョンアップとして製品化へまとめるという、ソフトウェア独自の開発方法も、そのスピードと無関係ではない。スピードが速いということは、研究・開発、製品化にもそれに合わせた効率化のための方法論があるということである。これをデザインの領域で見ると、プロトタイプをできるだけ速くたくさん生むための方法、デザインを標準化してパテント化し、ある基本型からスピーディーにバリエーションを作っていく方法など、スピードへの対応から生まれたいくつかの方法論がある。
OSなどのソフトは、一般的に言って毎年バージョンアップが図られるが、LINUXのようにオープンソースというユニークな開発方法を取るものでは、「早めにしょっちゅうリリース」が合言葉になっている。それによって、結果的には全体の開発が加速化される。こうした方法論が、いずれ一般消費者向けソフトウェア商品にも応用されることになろうことは、想像に難くない。
また、アップル・コンピュータをはじめ、ハードウェアも1年、あるいは半年に1度新製品を発表するという回転の速さである。パームパイロットなどの人気携帯端末機器も、ほぼ毎年機能を大幅に付加されたモデルが店頭に並ぶ。シリコンバレーの産業全体が、こうした高回転のもとに成立しており、それが地域、技術全体としての進化に貢献していることは疑いがない。

1-2.技術の統合

シリコンバレーは、さまざまな技術を統合していくことで競争力を増している。基本となる技術をどんどんバージョンアップしていくことはもちろん、基幹技術を発展させるためにさまざまな周辺技術を付け加えていくことも盛んに行われている。社内でそうした周辺技術の開発が行われることもあるが、新興企業のM&A(合併買収)を通してそうした技術を手に入れるのも、シリコンバレーをはじめとしたテクノロジー関連企業が普通に行っている手段である。
たとえば、ネットワーク技術メーカーとして知られるシスコシステムズは、自社でR&D(研究開発)部門を持たず、その代わりに「R&A」を行っている。つまり、注目すべき技術を研究、開発した新興企業をまるごと買収し、開発済みの技術をそのまま製品としてしまう、という方法である。そうすることによって、新技術研究開発に伴う大きなリスクと時間的なロスを回避し、勝ち組の技術だけを吸い上げ、統合していこうという戦略である。シスコシステムズはこの戦略で、「インターネットの90%は、何らかのシスコ製の製品を通過している」と言われるほどの市場占有を獲得した。同様の戦略は、技術本位の企業だけでなく、ウェブサイトを運営する会社でも採用されている。たとえば、書籍などのオンライン販売を行うアマゾン・ドットコムは、ショッピング比較技術をはじめとした新興企業を買収することでサイトを充実させ、競争力を増そうとしている。技術の獲得にもシリコンバレー風、テクノロジー時代流というのがあると言っていい。
また、シリコンバレーには自動車産業など、従来型企業が先端技術をモニターし、導入するためのアウトポストという位置づけもある。たとえばドイツを拠点にする自動車メーカー、BMW、ダイムラー・クライスラーなどは、ITを搭載した自動車開発のための研究施設を、すでに数年前からシリコンバレーの中心地に置いている。アメリカの自動車産業もIT車には並々ならぬ競争心を燃やしているが、BMW、ダイムラー・クライスラーの両研究所は、シリコンバレーの地の利を活かして、迅速なプロトタイピングを利用し、試行錯誤を繰り返して数多くの実験を行っている点で、他の場所にはない研究・開発の成果を生み出している。
デザインとの関係で言えば、こうした技術の統合はユーザーインターフェイス、ユーザーエクスペリエンスといった、特化した専門分野を生み出している。また、シリコンバレーのテクノロジー企業と何らかのかかわりを持つデザイン会社は、その技能の面でも、スピードの面でも、デザイン開発方法論、そしてビジネス面でも、プロダクトの技術統合と無関係ではあり得ない。技術がいかに研究、開発、統合されるかに、デザインは大きく左右され、またデザイン自体が、そうした開発に大きく貢献している。
興味深い例として、パームパイロットなどの人気製品の波及効果が挙げられる。パームパイロット(スリーコム社)は、アメリカ人の携帯端末/ビジネスツールとしてほとんどデファクト・スタンダード的な地位を獲得したが、産業上の大きなインパクトは、その周辺に多くのソフト開発者、ハード開発者のコミュニティーができあがったことである。これはパームパイロットに追従するヴァイザー(ハンドスプリング社)でも同様で、ありとあらゆるソフトから、デジタルカメラ、携帯電話、音楽プレーヤーなど、さまざまなハード機器が両プロダクトの周辺機器としてすでに市場に出ている。デザインの対象としては、こうした派生的周辺機器の領域も見のがせないわけで、技術統合のゆくえはそのままデザインの発展に結びつくものである。

1-3. 研究者間の交流

シリコンバレーの基礎は、研究者たちのコミュニティーであると言ってもいい。現在では企業文化が大勢を占めてしまったが、それでも企業内の研究者、大学の研究者たちの交流はさかんに行われている。
ある研究者の話によると、日本では「企業秘密」とされる研究・開発のかなりの部分が、アメリカでは研究者間の情報交換、交流の対象になっているという。アメリカでは、研究のかなり早い時期に論文が発表され、関連したパテントなども申請されて、その後は研究内容をオープンにして広く研究者コミュニティーからのフィードバックを得る、という方法論が採られている。コンピュータ関連技術に携わる研究者の層も厚く、ACM(Association of Computer Machinery/コンピュータ機械協会)などが、年次総会以外に多くの分科会を開いて、研究者間の交流に役立っている。
NDA (Non-disclosure Agreement/ノンディスクロージャー契約)は、こうした研究者間の交流、あるいはオープンな開発をサポートする働きをしている。これは、他社の人間(場合によっては社内の人間であっても)が研究・開発中の製品を見せてもらう際に結ぶ契約で、目にした研究、説明してもらった開発の内容を口外しないことを約束するものである。こうした契約によって、社外秘がもれることを防ぎつつ、交換できる技術内容については最大限相手からのフィードバックを期待することが可能になる。100%の信頼性は達成できないにしても、かなりオープンなかたちで研究・開発を進めていることは明らかである。
1980年代末にパロアルト(シリコンバレーの中心地。スタンフォード大学の膝元)に設立されたインターバル・リサーチという有名な研究所があった。設立資金を出したのは、ビル・ゲイツと共にマイクロソフト社を創設したポール・アレン。設立当初から10年間は収益無視で、思う存分研究・開発に励むことを許された100人あまりの研究者が集まり、新しいメディア、ネットワーク技術、インターネットを利用したゲーム、バーチャルリアリティなどの数々の研究を行っていた。研究者のバックグラウンドは実に多様で、プログラマー、デザイナー、アーティスト、音楽家、ジャーナリストなど、まさにインターディシプリナリー(超領域型)の研究環境だった。ここでの研究内容は、世界中の関係者から注目を集め、近未来のデジタル環境を左右するものとすら思われていたのである。ところが設立から5、6年経過したところで、いくつかの会社がスピンアウトしたが、結局2000年にインターバル・リサーチはその施設を閉じることになった。ポール・アレンの投資対象が変わったなどいくつかの理由はあるが、失敗の主な理由は同研究所の「秘密主義」にあったとされる。製品開発に直結した研究を行っていたために、社内の研究者にも厳しいNDA体制が敷かれ、これが部外研究者との交流をさまたげていたため、研究・開発に発展性が生まれなかったというのが、おおかたの見方である。ディスクロージャーとクロージャーのバランスが、シリコンバレー型技術研究・開発では鍵になるという、一例である。

1-4.これまでにないものをつくる方法

改良型の製品開発と違って、シリコンバレーで行われているのは、これまでにないものを生む飛躍的な研究・開発である。技術はどんどん新しく生まれ変わる。しかし、その技術に使い道がなければ、どんなに新しい研究もただ死蔵されるだけになってしまう。アメリカの連邦特許局では、日本発のパテント数で認可されたものが一位、あるいはニ位を占めると言われるほど多いが、その大半は製品化されることなく、純粋な技術として眠っているという。
真新しい技術を市場で使い物にするために、シリコンバレーではさまざまな方法論が用いられている。そのひとつはユーザーリサーチ。これまでにあったようなマーケットリサーチでは、単に抽象的な数字が出るに過ぎないが、ユーザーリサーチは、より個人に焦点を当てて、個人の欲望、夢といったものを引き出すようなリサーチである。それによって、これまでにないけれどもユーザーが待ち望んでいる製品や機能を浮かび上がらせることができるのだ。
テクノロジー関連企業では、「テクノロジー製品ロードマップ」を描いて、10年、20年後のテクノロジーを予想している。既存の技術に、インターネット、ネットワーク技術などの進化をかけ合わせ、それに市場の動き、消費者の動向予想などを組み合わせて導き出すのがロードマップだ。そこでは、すでに具体的なデザイン(アドバンスデザイン)も行われている場合がほとんどである。ただし、激変する技術環境にあっては、こうしたロードマップもその都度書き直しを強いられていることは間違いない。
また、シリコンバレーに拠点を持つ未来研究所といったような研究所では、テクノロジーの専門家、社会学者、文化人類学者、作家など、多様なバックグラウンドを持つ人間が集まって、未来の社会像を予想する作業が行われる。ここでは、未来の社会のイメージをビジュアライズし、そこから具体的な技術や機能に分化していくという方法が採られている。
いずれにしても、既に存在しないものを想像し、予想し、生み出していく作業は、過去50年間の産業の中には存在しなかったものであろう。そのためには、やはりこれまでに存在しなかった方法論が必要とされる。シリコンバレーの各研究所、企業では、こうした方法論を考案するところから、その課題に取り組んでいるのである。

1-5.インターディシプリナリー(超領域型)な研究、開発

上述のインターバル・リサーチも同様だが、シリコンバレーの研究所にはインターディシプリナリー(超領域型)な研究・開発環境を重んじるところが多い。その代表格が、ゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)である。PARCが知られるのは、パーソナル・コンピュータの基礎的な技術となったユーザーインターフェイス(後にアップル・コンピュータなどのアイコン型インターフェイスに導入される)の開発、イーサーネットの開発などである。ここでは常時、数人のアーティストがアーティスト・イン・レジデンスとして、プログラマーやエンジニアと共同研究を続けていて、ゼロックス社の研究の中核に位置づけられている。
たとえば、研究者のひとり、リッチ・ゴールドは、REDというグループを率いて未来の読書のありかたを探っている。REDには、エンジニア、プログラマー、デザイナー、アーティスト、文化人類学者、社会学者などが関わっており、さまざまな視点からテクノロジーと読書が融合した、その可能なかたちを研究している。その中から生まれてきたもののひとつには、デスクトップのデータからいきなり製本ができる技術がある。これはいわば、すべての書籍が電子ブックになるという昨今の定説をくつがえすもので、紙のメディアも存続し、要はデータから本として手元に入れるまでの時間が将来ほぼゼロになる、という新説を技術で証明したものと言っていい。ドキュメント・カンパニーであるゼロックス社の近未来の製品、技術に、何らかのかたちで貢献する研究のひとつだが、そこにこうした超領域型の研究グループが加わっていること自体、未来を開拓するためのアプローチに何が必要かを教えてくれる。
インターディシプリナリー(超領域型)な研究・開発環境は、こうした企業内研究所に限ったことではない。先に上げた未来研究所をはじめ、さまざまなデザイン会社でも行っていることである。閉じられた既成事実からではなく、開かれた潜在的可能性から次の何かを生み出すための方法論として、こうした超領域型チームの視点を借りているのは、一考に値する事実である

1-6.スタンフォード大学の影響力

シリコンバレーはスタンフォード大学を中心に発展し、同大学のエンジニアリング学部長のフレッド・ターマン教授が、ヒューレット、パッカード両学生に創業資金を与えて1937年に会社を創業したのが、シリコンバレーの起業家精神のスタート時点だというのはよく知られている。現在でもスタンフォード大学とシリコンバレーの産業界との間には、公式、非公式の交流が数々ある。
技術開発の点で言えば、まず大学の研究自体が実用化にかなり照準を合わせて行われていることが挙げられる。アカデミアの中だけで評価される研究より、より現実社会で評価され、製品化されるような研究に重心が置かれているのは、一部の教授陣からは懸念の見方があるものの、事実に間違いない。
公式の交流としては、産学共同研究が挙げられる。たとえば、コンピュータサイエンス学部では現在、デジタルライブラリー・プロジェクトが進行している。これは、全米の数大学が独自のアプローチから取り組んでいる壮大なプロジェクトで、軍事関連研究補助金(DARPA)のスポンサーによるものである。スタンフォード大学では、コンピュータサイエンス学部のさまざまな研究室の教授、学生と、地元のテクノロジー企業、研究所などがグループとなって、このプロジェクトを進めている。定期的に開かれるミーティングには、そうした企業側の社員も参加する他、企業が持つ既存の技術を統合してさらに研究を前進させるなどの貢献も行っている。
スタンフォード大学内には、学内の研究をビジネスとして成立させようと働きかけるセクションがある。TLO(テクノロジーライセンシング・オフィス)という部署で、ここでは学内で行われた研究を特許申請し、その後アメリカ全土の企業などに働きかけてその技術をプロモートする。TLOが早い時期にプロモートして成功した研究例としては、インシュリンの開発があり、これが後にジェネンティックというバイオテクノロジー大手企業に成長している。TLOは、研究がビジネスとして利益を生んだ場合、その一定割合を収入として得るという手続きを踏むことになっている。教授や学生はすでにベンチャーキャピタリストらとの交流があったとしても、学内の研究をさらに大学への資金として循環させるしくみには、堅固としたものがある。
非公式な交流としては、学内で開かれるベンチャーコンテストなどがあるだろう。学生グループが中心となって毎年開かれるが、これにエンジニアリング学部、コンピュータサイエンス学部、ビジネススクールの学生らがチームを組んで参加する。数カ月におよぶ準備、審査期間中には、毎週のように起業に必要な知識を教えてくれるセミナーが開かれ、チームは本当の起業のリハーサルをするような気分でビジネスプランを練り上げていくことができる。実際、最後の審査には、地元のベンチャーキャピタリストが加わって、1、2等賞を得たチームの中には、数万ドルの賞金を得て現実に起業してしまう例も多い。これは学内と学外が実にスムーズにつながっていることを示す好例だろう。
この他にも、もちろん、大学から優秀な人材を輩出することで、スタンフォード大学はシリコンバレーに多大な影響力を持っている。またシリコンバレーの企業もスタンフォード大学に大きな影響力を持っており、両者はごく自然に持ちつ持たれつの相互関係にあるのだ。

日本においても数多くのの産学協同デザインが実施されているが、直接新しいビジネスに発展したものは少ないように思う。