■清水教授のデザインコラム/連載 - 100(12/31/2010)
「迷走するニッポン!!」
東アジア経済圏の台頭・・・・
世界には現在、192の国・地域があります。それらの国々が地球上の地表、接する海を分けて所有、国家を形成しています。
ながい人類史のなかで戦い、せめぎあってつくり上げられた領土、決して公平で、平等とは言えないのだけれども・・・。
いまも、それぞれの利害が見え隠れする外交問題として、折々に激しくせめぎ合っているようにみえます。
先頃の尖閣列島海域における中国魚船の衝突、その記録ビデオ流失事件は、これまで知ることもなかったわが国の、その輪郭についてもにわかに意識させられるものに。
いまさらに、アジアにおける中国の台頭は目覚ましいものがあり、世界第2位となった経済力を背景に、世界的な影響力を駆使してその存在感を誇示しているのです。
しかし、その波及効果によって、生産し消費する東アジア圏の台頭をも生み出すものになってもいます。好むと好まざるとに関わらず、われわれの生活は世界の動きに左右されているのです。いまは世界がどのように動いているかを瞬時に捉え、すぐにも対応せねばならない時代です。最近は、国としてのそれらの対応のまずさ、遅さにもあきれるばかり・・・。
変化に対応するスピード感が命・・・・
日本を追い上げるためにソニーやパナソニックに習った韓国・サムスン、そしてサムスンに習う中国の企業群・・・。
先行する欧米の戦略的企業のおおくが参戦し競いあうことになるのだろう世界における市場戦略。その中で強い心をもって戦う姿勢、変化に対応するスピードこそがいまの日本には絶対に必要なことなのだろう。
もちろん多様化し、複雑化するマーケットでは、その存在を確かなものとする強みを捉えて商品化するデザイン力、一層の独創性、しがらみや常識を突き抜ける自在で奔放なアイデアが期待されることでもあるのです。
現状限界を超える大胆で斬新なアイデアも、形骸化した手順をふむあいだにも陳腐化し、引き離されて行くことになる。成熟した企業環境にある保守性、言葉を換えれば傲慢さが足を引っ張ることになるのです。技術の革新力やデザイン力は国や、企業存続の生命線をになっているのです。
勿論、日本人である自らの感性、日本的な魅力をかたちづくる余地はまだまだ大きいし日本の「モノづくり」の活路を絶つことは考えられないことでしょう。
美意識についての深い理解を・・・・
経験もなく自らの価値観や乏しい生活感のみの独りよがりで考えること、製品デザインが安易に「足し算」や「引き算」をするだけでは、多様な価値観をもった市場には受け入れられることにはならない。
たとえば、新幹線の売り込みが見込まれていたカリフオニアの例がある。専用軌道をもち、緻密な管理運行性、高い安全性が売り、車両設計も軽量化をはかることができるという我が国の新幹線。他の追従を許さない精度が誇らしいことです。
しかし、アメリカでは車両は衝突事故を前提とし、堅牢性を第一義としている。緻密な運航、保守管理にすら不安視している。現地の担当者の能力がその緻密さをもてないのだという。
明らかにその要求は我が国とは異なるのです。
虎視眈々と受注を狙う他企業は早速その要求に応える仕様に設計変更しているのだとか・・・。
厳しい現実だ!もちろん日本的なデザイン、美、造形美が全てではない!
大きなマーケットを形成する国々や地域にある生き方、伝統・潜在的な「美意識」、「装飾性」についても深い理解が必要なのです。
デザインが求められていること・・・・
形骸化した論理性に依存したアプローチからの諸条件、余りにも多いしがらみに決断力を鈍らせ、「わくわく感」を捉える感性を委縮させ、見せかけの発想や動機を失わせない環境も必要だろう。
繰り返し云うことだが、単なる「足し算」や「引き算」のデザインではなく、生活の、市場のニーズを確りと捉えながら、超えて発想し得る「デザイン力」が要求されるということなのです。 (2010・12・30 記)
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メモ:
(1)われわれはなぜ『形』に惹かれるのだろう。こだわるといってもいいかもしれない。「かたち」があるからこそ、「あるもの」を「あるもの」として見ることも、触れることも、そして知ることもできるのは確かだろう。
だが 、これはなにも物理的なものの場合だけに限られるのではない。眼には見えなくても、触れることができなくとも、「形」的に理解しているようなことがらがあるのも事実である。それは、たとえば、何かの形式というような場合である。
何れにせよ、そうした場合、われわれが志向しているのは、「形」(形式)の「質qualia」だといえるのではないだろうか。
光沢といおうが、品質といおうが、「形」の表面性や、あるいはその襞(ひだ)化の仕様の、たんに「ある」こと「以上」のもの・ことが問題となるのである。
いってみれば、「形」をめぐる「オントロジカル(存在論的)な差異」に眼がいくのである。そして、この「質」によってこそ、われわれと周囲世界ないし環境とのある種の存在親和的なバランスが可能となっているといえよう。
この「質」(あるいは「質感」)的な、ないしは、その表現としての「形」(形式)が、総じて、人間の文化的意味・価値の根本をつくりなすものにほかならない。
これが、いわばシナプス連合的に、人間的な「世界化」を可能にしているのである。そして、人間が形成するこの世界を、人間がデザインした世界、端的に、(デザイン・ワールド)とよぶことができるだろう。人間はデザインする存在なのである。
ーー人間が「形」づくるものはなんでもデザインであり、デザインはすべての人間に関係している。生活も、食事も、遊びも、すべてそのなかで行われている。
デザインには、人間の創造性がすべての面においてあらわれ、スタイル、趣味、性能、機能等にわたって、その「質」が問題となり、またそれぞれの意味・価値が成り立つことになる。
「デザインは全人生を支配し、人間の幸福はすべてデザインに依存する」(P・J・グリヨ)、といっても、決していいすぎではないであろう。(『デザインのオントロギー』山田忠彰 小田部胤久編 ナカニシヤ出版より抜粋)
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(2)NHK特集:双方向解説・そこが知りたい!〜変わる世界と日本〜
今年の日本は?今後の日本のあるべき姿は
(NHKテレビ 22年12月29日pm11.20〜am4.00)(アンケート回答数:5000件)
1・世界は今後より安定、より安全?
そう思う:7% 思わない:93%
2・ 中国は将来、日本の良きパートナーとなるか?
そう思う:10% 思わない90%
3・ 世界のなかで日本の評価は? 上がって
いる:6% 下がっている:94%
4・ 日本の将来は?
希望が持てる:5% 心配だ:95%
5・社会の絆は?
強まっている:3% 弱まっている:97%
6・今後、雇用情勢は?
良くなる:9% 悪くなる:91%
7・ 日本の政治に?
期待が持てる:4% 期待は持てない:96%
8・ 来年の暮らし、経済は?
上向く:10% 厳しくなる:90%
9・日本の科学の将来は?
期待できる:35% 期待できない:64%
10・地球環境に危機感は?
強い:78% あまりない22%
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(3)あれほどに騒がれ、期待された21世紀
も最早や10年が過ぎようとしています。上記のアンケートが示すように、私にも何かと苛立ちを覚える1年間でした。
それでも、三日坊主がデザインコラムとして100回も続けられたことは褒めてやりたいこと・・・。ただ、肥田先生や土田先生、OBの皆さんに叱咤激励されたことも大きいこと・・・。感謝です、有難う!
2011年は よい一年だったといえるように頑張りましょう。