■清水教授のデザインコラム/連載 - 65(10/30/2007)
「新幹線・高速鉄道車両のデザイン」
先頃、「鉄道発祥の地である英国で日本製の車両が、はじめて走る」と新聞やテレビで報じていた。
英仏を結ぶユーロスターの新路線で、ロンドン周辺を運行する高速通勤電車に日立製作所製の車両が採用され、同時に南東部アシュフオードの保守整備拠点でメンテナンスも手がけるのだというもの・・・。
近年のガソリン・原油の高騰、先進国は地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の排出量が自動車や航空機に比べて低い鉄道は、欧州でも公共交通機関としての役割が再評価され自動車から鉄道に少しずつシフトされているという。
また、オイルマネーの中東諸国は都市における鉄道の整備を行い、BRICsなどの新興工業国でも貨物輸送の整備を急いでいる。
欧州では当初4兆円と見られていた鉄道産業が16兆円に。4倍強の急拡大がみこまれている。
世界の鉄道需要の環境ががらりと変わり、我が国も注目される新幹線・高速鉄道の車両や運行のノウハウが世界へ輸出され始めている、という。
日本の大手車両メーカーは、その海外展開の拡大をにらんで生産設備を増強しているのだとか・・・。
しかし、まだまだ世界的に見た輸出競争力は劣勢だという。
世界の鉄道車両市場はその6割をカナダのボンバルデイア、独・シーメンス、仏・アルストムの3社が占め、運行システム、信号システムなどを併せた総合力で圧倒的なシエアーを誇っている。
我が国は川崎重工、東急車輛、日本車輌、日立製作所、三菱重工、近畿車輛などを併せても10%、わずかに1割に過ぎないといわれる。
それでも最近は、鉄や銅、アルミなどの原料高騰で利益率の悪化が懸念されており、国内勢は生産の効率化をはかり、高い技術力をもって世界市場のビック3に挑むことになる。
現在、日本の鉄道車両技術は、その厳しい騒音規制や定時運行の厳密さ、静音性や安定性、軽量化、故障率の低さ、生産性の高さなどと優れた技術力をもって世界のトップレベルにあるという。
しかし、国内の新型車両導入は東海道・山陽新幹線の新型700系など、一部で新線も'05年に開業したつくばエキスプレス等にとどまる。
生産総金額1,802億円は、分野別ではJRグループ40%、公営民鉄23%、輸出37%である。少子高齢化の我が国においては輸送需要は横ばい、各社は海外市場を開拓せざるを得ないと言う事情もある。
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新幹線・高速鉄道車輌のデザイン
鉄道発展のエポックメーキングとなった新幹線は、1964年の「東京オリンピック」開催の年に東京―大阪間を4時間10分で繋いだ。
最高速度220km、画期的なスピードだった。
「航空機の胴体?」「翼を取った胴体が新幹線車両になったのでは・・・」
新幹線が登場し、初めて車両を見たた時の印象だった。
当時、新聞には知人の「新幹線評」が掲載され、そのデザインをほめるものだったが、しかし、全体に丸みを帯びた、航空機然とした形状には納得がいかなかった。
その数年後、フランスの新幹線・TGV(1976年)がパリ―リヨン間に登場した。
前面に延びる鋭利な「鼻」が特徴的だった。その洗練された色彩、斬新な車両形態は英国のデザイナー、ジヤック・クパーによるもの・・・。
我が国の新幹線をはるかに超えるスピード318kmは、世界へ技術力・デザイン力をアッピールするフランスの戦略が潜むものであった。
私の受けたショックは、その後の車両デザインへの関心を強く触発するものになり、サンフランシスコ湾岸を走る地下鉄・BART(1972年)の車両デザインとも併せて強く印象に残るものになっていた。
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我が国の新幹線、その車両デザインは誰がどの様にしたのだろうか?
その事を知りたくて新宿の国鉄(現JR)本社へ設計者を訪ねた。
「そうですねー・・・・」
「先頭車両の設計はその中心に丸を置き、その丸から四角い客車までをどの様な線で結ぶのか・・・」
先頭の丸は「日の丸」をイメージするもの?
たんに連結器を収納する開閉扉に過ぎないのでは・・・。
「しかし、そんな企画書から設計は始まったのです。苦労しました・・・」と設計を担当された技師長から話をお聞きすることが出来た。
トンネルの突入時の衝撃波、進行時にすれ違う高速ゆえの風圧と騒音・・・。
鉄板の溶接や加工技術の限界・・・。
それらの耐圧形状は計算だけでは危険だろう。
あの高速走行に耐え得る構造には、過酷な空中を飛行する航空機の構造設計が基になったことが想像された。
はじめての、新幹線・高速車両のデザイン、何よりも「安全性が最優先」されねばならない。その根拠が高い航空機・構造体をイメージする・・・。
当時、我が国においては国鉄車両の設計にデザイナーが参加することは無かった。
もちろん、デザイナーが何をするものかも理解されてはいなかった。
全ては、エンジニアーが担当するものと思われていたからだ・・・。
フランス新幹線TGVの洗練された車両デザインは技術者を触発し、経営者の意識を変えさせるものにはなっていたようだ。
その後のモデルチエンジで車両は徐々にリフアインされ、洗練された形状になっている。
勿論、運行する環境が違う。様々な強度の条件が異なるとはいえTGV車両の形状は移動体としての車両設計に多くの示唆を与えるものにはなった。
また、その頃から徐々にデザイナーの参加が見られるようになり、その効果を見せるものになっている。
「イヤー大変ですよ、手弁当で、まるでボランティアですよ・・・」と言うデザイナー。やりがいがあってのことだろうが、あまり報われるものではないという苦労話を聞かされてもいた。
最近は車両に止まらず、駅舎のリニュアルにも参加を促されていると聞く。
国鉄の民営化は一つの競争力を生み、競合する鉄道・車両デザインにも経営体の主張と、気配りが込められたものになっている。
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最新技術から生まれた新幹線・N700系
最新のN700系の先頭車両は、現行の700系よりも更に1.5m鼻先が長いものに・・・。
空気抵抗のシュミレーシヨンは約5、000回余も繰り返したと言う徹底振り・・・。
造形化のプロセス、空気抵抗のシュミレーシヨンのたびに車体表面の抵抗部を削ぎ落とし風を切る音の低減化、性能を最大限に引き出すために航空機設計の理論を応用したエアロ・ダブルウイング形であると言う。
初めて採用したという車体傾斜システムは、速度制限をせざるを得なかった曲線区のスピードを保つことができると言う画期的なもの。東京―大阪間が5分短縮されることになった。
様々なハイテク装備を持った車両、その形状は、なにかカモノハシに似た顔、ユウモラスさは変わりないようにみえる。
洗練さにおいては更に進化の余地を残しているように思う。
人間工学による座席・シートの可動構造の快適性、情報機器への対応もきめ細やかではある。東海道新幹線の利用者は7割がビジネスユース。
パソコンが使えるテーブル、座席や壁際にコンセントを装備、振動などの設計担当者自身が肌で感じチエックするのだという。
最後のまとめを大切にしているのだとも・・・。
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開業以来、無事故を続ける我が国の新幹線・・・。
しかし、対照的に続発する欧州の高速鉄道事故には技術者の、技術運用に関わる人々の心のゆるみを感じざるを得ない。
「技術の仕事には終わりがない、ひとつ造ったらまた次の仕事が生まれる・・・」
それがまた、次の人々によって引き継がれてゆく・・・」と言うJRの技術者。
ふくろうやはやぶさの羽構造から、カワセミの嘴(くちばし)から新幹線のスピード感や静音性を学んだのだとも言う彼ら・・・。
目標を見出した後の真摯な努力、そのアプローチには日本人の未来、技術力の可能性を見ることが出来る。
国や地域性を持つと言う鉄道・車両のデザイン・・・。
しかし、やがて世界の各地の風景の一部として走る日本製車両の姿を誇らしく、親しみを持って見ることになるのだろう。
(30 Oct/2007 記)
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追伸:
・JR鉄道(国鉄)研究所、東急車両(株)には数度訪れており、先頃は、たまたま京都・近畿車両を訪問していた。
その折にも国内よりも外国諸国への輸出が多くなり、地元の要求を汲み取るための出張も多くなったのだと担当デザイナーの話を聞いた。
国の動脈となる鉄道網の整備、都市インフラの中心となるもの、興味ある問題だった。 ・川崎重工:ニューヨークの地下鉄、新たに郊外の通勤電車などの受注が決まり、アメリカへの展開を加速させている。更に、インドで新規需要が見込まれる貨物用機関車の受注を視野にインド国鉄などとの合弁会社の設立を検討中だ。
・近畿鉄道:フィリピンに納入実績、ドバイへは年間400両を受注
・日立製作所:英国、南東部アシュフオード鉄道車両の保守、整備拠点の操業を開始。英仏ユーロスターの新路線で、ロンドン周辺を運行する高速通勤電車に同社製の車両が採用、同時に車両のメンテイナンスも。英鉄道戦略庁などから計174両を受注し今夏から納入している。愛称「ジヤベリング=やり」、メタリックブルーのアルミニュウム製。欧州製に比べ約20パーセント軽く、騒音や振動が少ない。米、台湾でも納入実績・・・。
・三菱重工:ユリカモメ、台湾新幹線など
・若者のデザインの関心は、いつの頃からか「新幹線車両」や「車」のデザインから「スニカー」や「雑貨」へととって代わった。
デザインへの動機が社会性よりは身近なもの、個人的な関心事に変わってしまったということだろうか?
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