「なんとも痛ましい・・・・・」
こんな事が起きるなんてとても信じられないこと・・・。
楽しくて、うれしくて、母親の前で夢中で泳いでいたのだろう、その小学生は吸水管に吸い込まれてしまった!
責任者たちの無責任!受動的で無反応な生き方・・・。
迂闊な行動が飛んでもない大惨事を引き起こしてしまったのだ!
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事故とは「有り得ない」と思われる幾つかの偶然が重なるもの・・・。
しかし、「有り得るのでは・・・」と考えることで避けられないものではない。
施設の管理委託はその目的の前に委託料が安いというだけで決まり、受託者は目的を忘れていかに採算を上げるかに汲々とする・・・。
まさに、本末転倒なのだ!
企画者が、設計者が、そして、管理者が・・・。その「心」を失っている・・・。
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徐々に、そして急速にアジア圏諸国が台頭、特に、中国などの低賃金による製品類が世界に拡散することへの対抗としてローコスト化がすべてに優先する価値観を持った。

競争とローコスト化は当然ながら開発期間の短縮につながり、「使用者」、「使用状況」を十分に咀嚼(そしやく)しない発想・設計を押し進める結果に。
おのずと、コンピュター、3D?CADに依存した設計になる。創造性は欠落し、先輩が問題点を指摘し指導することもなくなった。
予め自分が持っている考えを変えたがらない若者の意固地さが問題でもある。つまり聞く耳を持たない自己中心的なアプローチがあり、セクショナリズムが混乱を引き起こした。
私は生きた経験、組織的な発想があって、わが国の「品質」はつくられていると思っている。
全てがコンピュータ・マニュアルによってもの作りが出来ると思うのは極めて危険なことなのである。
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最近のニュースには暖房機、ガス湯沸かし器などによる死亡事故、エレベーターの誤作動、シュレッダーによる自動の指切断事故、パソコンバッテリーの発火、車のリコール問題と相次ぎ登場してくる。機器の設計ミス、そして使用ミス・・・。
企業は社会的に信用を大きく失墜させ、世界的なブランドと見られたソニー、トヨタ、パナソニックがダメージを受け、ジャパンブランドに対する信頼を著しく傷つけることになった。
品質こそがわが国の誇りでもあり、世界に認めさせるものであった筈なのに・・・。
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「人は失敗をする」。その事を学ばせること、学ぶことが重要で教育に繋がる問題でもある。
言うまでもなく、人類史はまさに失敗を繰り返しながら学び発展して今日に至った歴史である。
失敗に学ぶ「失敗学」、その提唱者でもある畑村洋太郎氏は「人は誰でもが失敗する。失敗といかに上手く付き合うか」だという。
いつの頃か芽生えた小さな歪(ひずみ)が徐々に連鎖反応し、我が国の全てをおおい破壊しかねないのでは、と懸念している。
まさに、私たちは自らの肉体感覚で捉えた「人のためのもの作り」、その細心を「心」に深く刻み付ける教育がなされねばならないことを痛感している。
痛ましい事故は「学ぶ」ことで、二度と繰り返してはならないことなのだ!
(30・Aug/2006 記)
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追伸:
「水金地火木土天海冥」と親しまれてきた太陽系の9惑星。そのひとつの「冥王星」が70年余を経て除外され、惑星は8個になる。
大変なのは教科書・出版社なのだとか・・・。
すでに刷り上ったもの、その一行の訂正には天文学など、専門家のコンセンサスが必要なのだとか・・・。
この際、そのまま使用することにしたら・・・。
勿論、教科書の扱いは一字一句、同じように指導することを義務ずけられていることが問題なのだろうが・・・。
考えさせ、学童自らが訂正を書き込ませる、その事でより鮮明に学び、記憶するものになるのではと考えるからだ。
いまをつくる「常識」、その存在の多くが実は仮の姿、仮説的なものであるということを知ることが重要なのだ!
常識を疑い、意味を考える。そのことが「学ぶ心」をつくる・・・。

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