10Cmほどの針金を1回、2回、3回と折り曲げる。
たったそれだけで1つの製品が出来る!?
最も素朴で単純な製品の1つ?
クイズではないが実は紙や書類をたばねる「ゼムクリップ」の話だ!
多分、誰も余り意識もしない製品だろう・・・。
しかし、「何故こんな形をしているのだ?」
「違う方法は?」などと針金を曲げながら考えたことも1度や2度ならず有るのでは?
時には針金を伸ばし、固まったチュウブの口に突っ込んでかき回したり、繋いでチエーンにしたり・・・。と何かと重宝なものでもある。
小さくて単純、3回曲げたら出来ると言う、そのカタチ・・・。
しかし、決めるのはそう簡単な話ではないのだ。
一寸考えただけでも、
・紙を傷めず確りと束ねる構造・・・
・手と指、紙との関係を考えた使い易さ・・・
・指などを怪我しない安全性・・・
・適切な材料、適切な弾力性・・・
・生産・加工性・・・
・最適な寸法・・・
・収納し易さ・・・
・その他等など・・・。
それらの全てに満足がいく答えを見出し、1つの「カタチ」にしなければならないからだ!
このゼムクリップも「1つのカタチ」を見出すまでには、長い時間と多くの人々の知恵が重ねられている。
開発の歴史・・・
多分、19世紀の半ばから?
木製のそれに代わって工夫、改良されて来たものだろう・・・。
その証は、1903年に特許出願されている「クリップ製造機」の「存在理由」として、既に今日の形状をした「クリップ」の曲げ加工の工程をはっきりと図示しているからだ。
衣服を留める「安全ピン」らしきものは既に古代ローマ時代から有った。
そのピンの弾力性を持った針金を曲げるのは大変な事だったろう・・・。
産業革命以降の機械化の過程では「クリップ製造機」の改良も進み、クリップの「機能と構造」は「機械による生産」を前提としながら考えられる事になる。
未熟だった機械加工も、徐々に確実に精度を上げ、生産量は飛躍的に増大していく・・・。
しかし、条件に答え、「理詰め」で決められそうなシンプルな構造も、改良・改善は終わらないし発明特許の出願は今も続いている。
ただ、それらの何れもが「ゼムクリップ」の『欠点』の改良・改善を試みたものでもある。
「あの航空機のプロペラ・・・。理詰めに、理論的に考えれば『カタチは一つ』では、と考えがちだが決してそうではない・・・」と言われたのは航空工学の権威で本学理工学部教授の木村秀政先生。かって、卒業制作で「新しい1人乗りオートジャイロ状飛行体?」の提案があった。「これは飛ぶのか?飛ばないのでは・・・」と審査に当たった教員の議論百出・・・。そこで木村先生にご相談したのだ。
「うーん、これ、確かに飛ぶでしょうね・・・」と言うお墨付を頂いたときの話だ!
その後、その作品には「学部長賞」が与えられた。
・・・・・・・
ところで先日、「東急ハンズ」の売り場を覗いて見た。
相変わらず「無いものは無いのでは・・・」と思わせる売り場。その一画に大小、形状、材質、色合いまでも様々なゼムクリップがあった。
必要な「原理機能」を改良・改善し継承したものたちでもある。
何よりも、用途は同じでも構造や材質が異なり、形状が異なるものの多さにも驚かされたものだ!
クリップから宇宙船まで
レイモンドローウイの著書を邦訳、「口紅から機関車まで」としたのは藤山愛一郎だった。手掛けた製品の広がりを示したもの、当時からデザインの領域を示すときによく引用されたものだ。
ところで今は、どうなのだろうか?
IDの領域を言う時、なんと言うべきなのだろうか?
デザインのパイオニア、ローウイが示した「口紅から機関車まで」は、いまは何と言うのだろうか?
先日、ふっと、そのことを考えていた・・・。
あれから半世紀・・・。ローウイの後輩たちが手掛けたものを思い浮べてみた。
スプーンやコップ、炊飯器、車、テレビ、洗濯機、新幹線、パソコン、デジカメ、ロボット・・・。周辺にある「モノ」の全て・・・?
それらは直接、間接にデザイナーの手を経て送り出されていると言っても過言ではないのでは・・・。
そう思いながら見渡している時にクリップに気が付いた。
日頃、便利に使っているのに、ついつい忘れていたものだった。
そして閃いたのが「クリップから宇宙船まで・・・」だったのだ!
その対極に宇宙の彼方にある「宇宙船」をすぐに思い浮かべた。
もうかなり前になるが、シカゴのイリノイ工科大学のインダストリアルデザイン学部、そのショウケースにもそれらの模型が入っていた・・・。
無重力空間での生活行動・・・。
「NASAとのコラボレーシヨンの記録なんです」と説明してくれた・・・。
永々と続いた人類の夢、想像の産物はマンガの中に登場し軍事用としても開発されるが、現実のものとなったのは1960年代に入ってからだろう。
宇宙開発に関わる未来の可能性、現代科学技術が目指すシンボルでもある。
「地球は青かった」と伝えてきたのはソ連のガガーリン宇宙飛行士。
月面を飛び跳ねるアメリカの宇宙飛行士・・・。月面越しに見た青い地球の神秘・・・。その映像に驚嘆したのはもう30数年も前のことになる。
その感動はいまも鮮明だ!
先年、市ヶ谷の本部・大講堂で開催された宇宙に関する国際会議。競い合った米ソの何人かの研究者、宇宙飛行士が招請されていた。
映像が映し出される暗がりで、一寸会釈をし私の隣の席に着いたのは、あの毛利 衛宇宙飛行士だった。前列には向井千秋宇宙飛行士の顔も・・・。
総長指定研究の一貫としての「国際シンポジューム」に、また感動を新たにしたものだったが・・・。
勿論その後のレイモンドロウイデザイン事務所が手掛けた製品の中にも宇宙開発に関わるデザインもある・・・。
学生にとっては及びも付かないテーマ?最近はテーマとして取り上げられることもない・・・。
クリップのデザインは兎も角、宇宙船のデザインは難しい?
確かに・・・。単純なクリップはある意味では易しい。
しかし、改良変化の余地、可能性は極めて小さくオリジナリテイを求めるのはなかなか大変なこと・・・。
それに対して宇宙船はまだまだ、これからのテーマでもありそれなりに余地は大きいとも考えられる・・・。
いずれにしてもテーマにするからには、その事を「知る」努力、行動が必要なのだ・・・。
学生の中には往々にして自らの「場」を限って安住し、小さく固まって満足している様に見える。
若さや時間、そして無限の可能性を与えられているのに・・・。
自らが生きる空間、そして壮大な未来世界を想像する・・・。
そんな両の手を精一杯伸ばし、なお背伸びした「何か」にもチャレンジして欲しいとも考えている。
「分らないから・・・」、「大変だから・・・」、「面倒だから・・・」と言うだけでは何も変わらないし進歩もないだろう・・・。
宇宙船はそんな意味を重ねるシンボルでもあり、デザイナーとして備えるべき「ビジョン」を求めるものでもある・・・。
(April 26 2004 記)
・・・・・・・
追伸:第1回のコラムは、「自然に学ぶカタチ・・・」だった。
事の初めとしてそこから始めたという訳では無かった・・・。
当たり前のことだが今も素朴に自然物を見、触れる。
そのたびに感嘆し、感動もしている。
花のカタチ、構造、仕組み、その多彩な彩り・・・。
1つの花弁の彩、赤や黄色、白や紫の変化の仕組みは?
カタチの差別化もさる事ながら青と黄色に二分化されたの熱帯魚、その仕組みはどうなっているの?
壮大な宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球・・・。無限の宇宙空間をさまよう「宇宙船地球号・・・」。「数兆、数千光年の星、宇宙の広がり・・・」
「やめよう・・・。これは私には想像もつかない・・・」
先端科学が取り組むロボットも動物、昆虫、甲殻類のカタチ、構造、仕組みに習うこと
が多い。
人がこともなげにする動作、その機械化――ヒューマノイドロボットによるシュミレーシヨンの完成、それを超えることはまだまだ出来ない・・・。
コピー、DNA 遺伝子=生命の設計図もその後の環境因子によって差異が生まれると言
われる。カタチもまさにそうなのだ!
思考結果の果実としての「カタチ」は無限にあるものの1つ・・・。
「クリップ」のDNAも進化過程での環境因子による差異化、その「カタチ」でもあると見るべきなのだろうか?
(April 26 2004 記)