かって謙虚さや謙譲心は、私たち日本人の美徳だったのです。
いまは、あまり意識される事もないが、儒教思想や武士道に通ずるもの・・・。
「己の善を語らず」と、いう故事も極めて日本人的な意味あいを持っています。
その信念、誇り高く真っ直ぐに生きる心、その生き方が日本人でもあったのです。
だから、と言う訳でもないのでしようが・・・。
「自国を誇りに思う」ことがなさ過ぎるのでは、と思うことが昨今余りにも多いのです。
自分の意見を持たず、兎に角、斜に構え否定してみせる、自信喪失の大人社会を映したもの?
或いは、その時代の価値観を左右する評論家。マスメデアの一方的な意見、報道に洗脳されてしまったのでしょうか?
「自国を誇りに思うか」のアンケートに65パーセントの若者が「はい」と、答えています。
しかし、それでもアジア圏では最も低いものであったと言います。

また、企業人のアンケート、「大学をどう思うか」という問いには、「評価出来る」と答えたのはフィンランド、カナダ・・・という上位国に対して調査49ヶ国中の49位だったと言う。つまり、「最低・・・」という評価です。
「本当にそうなの?この日本が・・・」私には信じられないことです。
それら評価上位国が自国の次代を託す人材・エリートを育てることを大学に託しているのです。
それに対して、我が国は余りにも開かれ過ぎた、個人的、高学歴社会の大学であるという事でしょう・・・。
「目的も無く」、「大学生が何をすべきか」、「最高学府という自負心」も無く卒業しているのです。
まま、聞くことになる留学生の様に、「留学したが、何も教えてもらえなかった」という「不満」と同じものでしょう。「何か判らないが、現状を否定する」「教えてくれなかったから・・・」「分らないが、より以上を望むから・・・」、「自分には甘く他には厳しい?」そんな甘え、不満がアンケートになるのでは・・・。
勿論、少数だが先見の明を持ち、アカデミックな大学教育制度の遅れを指摘している・・・。
しかし、それらは今・・・。
夫々の大学の改革努力、教育手法など・・・。自由、過当競争のふるいに掛けて取捨選択し、淘汰している過程でもあるのです。
ただ、その判定者となるべき若者が確りとした目的意識を持って欲しいことです。我が国の次代を託すのですから・・・。
何よりも、生きる厳しさを実感していない。生きる意味や目標すら自分で考えたことも無いと言うのでは、大学に居ても、自ら学ぶという事にはならないでしょう。
また、現在が「よい」と思い、「有難い」と思うのか、「良くない」と思い、「有難くない」と思うのかの相対的な比較も出来ない・・・。
つまり、実感し、比較出来るのは彼らが知る「豊かさの中だけ」でのことになるのです。
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皮肉なことだが、営々と汗した努力。「子供だけには苦労させたくない」と言う親の思い・・・。豊かさの実現は、「感謝する気持ち」を失わせ、「有難いと思う心」を忘れさせたのです。
問題なのは「生きる」こと、「学ぶ」という意味を、目標を失わせたということでしょう。
最近、多い、この種の比較、国際的なアンケートは実はそのことを示しているのです。
豊かさの中の「欲望」、「自己実現」、「何かを求める心の戸惑い」・・・。不安は不満となり、往々にして自分へでは無く、他人や大学、社会、国へと転化、変質させていくのです。
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私自身や同世代の人々は、小学年のときに終戦を知ったのです。
一面の瓦礫。家や財産、思想すら失い、ボーゼン自失の状態を子供ながらに感じたものでした。
「生きる」ことを考えさせられた。お腹が空いても食べるものは無かったのです。
休みの度に缶コーヒを飲み、ボトルの水を飲む学生には想像すら出来ない事でしょう。
親は子供達の為に働いたものです。生きるために働いていたのです。
働いたお金でその日のご飯が食べられたのです。そのことが幼ない子供達にも身に染みて分ったものでした。戦後の日本には、北朝鮮や途上国のストリートチルドレンの様な生活があったのです。
人間の欲望・マズローの言う5段階。私達は、そのはじめ、人間としての「生理的な欲望」レベルを体験したことになります。
多くの高齢者と言われる年代の方々は、そこから這い上がって来た人々でも有るのです。
全てを「有難い」と思い、無我夢中で働いたものでしょう。
その一途な努力!憧れて目標にした先進欧米の踵をのみ見て走り続けたものでした。顔を上げて周辺を見渡す余裕など考えられなかったようです。
振り返って、それが自信のある生き方だった!とは言い難いのでしょう。
しかし、気が付いてみれば、GNPは世界一だったのです・・・。
未来学者ハーマンカーンに「21世紀は日本の世紀」だ、といわれても・・・。
まだまだ、貧しい生活。俄かには信じる事も出来なかったものでした。
体験したことも無いバブル期には皆有頂天になったものです。しかし、それも弾けてみると「元の木阿弥・・・」。
「自信喪失!」、「何が悪かったのか?」それもよく判らないのです・・・。何しろ無我夢中であったのですから・・・。しかし、夢ではないのです。
確信すべきは、それでもなお世界第2位の経済大国を造り上げていたという事実なのです!

そして、マズローの言う欲望の5段階を駆け上り、登りつめた最上位の「自己実現のレベル」にあるのです。
その「自己実現」とは何? 更に「その次のレベルはあるの?」
戦後の、「生きるため」という人間の欲望からの開放され、その緊張からも解き放たれた今、あなたはは何を求め、実現したいの?と、問われることになったのです。
しかし、それはあくまでも個人に課せられたものでもあるのです・・・。
「タレントに」なりたい?「Jリーグの選手?」、「工業デザイナー?」、「医者か弁護士?」・・・。
華やかで憧れの職業・・・。「なれたらいいね!・・・」
しかし、現実には、そのことを実現する強い意志力と才能、頑張る強靭な精神力を必要とするのです・・・。
そして、並外れた努力と強運も・・・。
「棚ボタ」など、絶対に有り得ないのです。
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「人の生き方」、それは一朝一夕に決められることではないでしょう。
中学や高校生ぐらいから徐々に。そして、確かにそのことを考えたと言う自身の自覚が必要です・・・。
その事で深く思い悩むことも必要でしょう。自分自身と対峙する、そういう時期があって、人生は充実したものになるのです。
確かな、そこに「一生を決するような答えがある」と言うことはないでしょう。が、その事を考えたと言うことが重要なのです。
自ら分ろうとする努力が重要なのです。ただ、先延ばしにしていては、何も見えてこないし何も得られることが無いのです。
考えてみたが判らないから取り敢えずは大学で・・・と、進学するのもいいでしょう。
何も考えないで来てしまうのとは大きな開きがあります。
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ある機関誌に作家・三浦朱門の「学問とは何か」が掲載されていた。
本学の教授でもあった先生には学生時代に「英語」を教えて頂いた。
その後に文化庁長官、教育審議会委員、現在は日本文化審議会会長の要職に就かれている。
「日本人を含めてアジア人は高校までの成績は素晴らしい。しかし、その後は創造性に欠け、ただの人になってしまう・・・。
教育を強制すれば結果は出る。しかし、それは詰め込みに過ぎない・・・」。「真の教育ではない」とも・・・。
そういえば最近、其処ここの大学にも「学ぶ」こと、「生きる」ことを意識させる講座が誕生しているようです。
目標が決まれば、その能率は数倍になるといわれているからでしょう。
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日本民族としての誇り・・・。日本人の優秀性、教育レベルの充実と優れた科学技術など。
世界有数の貯蓄をもち、世界の多くの国を援助している・・・。
ノーベル賞に値する科学技術も多く、様々な領域の技術力は抜きん出ており世界に注目されています。
特許出願数においてアメリカについで第2位。
車については「性能、サービスなど」の総合的なアンケートでトヨタ、スバル、ホンダ、日産、、マツダ、スズキ・・・7位までを日本車が占めているのです。8位があのポルシエなのだから驚く・・・。ベンツは遥かに後ろの順位です。
これが自動車を生み出した本場ドイツでのアンケートなのだ!快挙というべきでしょう。
優れた品質の製品やデザインが世界中で高く評価され、羨望されてもいます。
この種、わが国の優秀性の事例は枚挙にいとまないものでしょう。当然であたりまえ?さして感動することだというのでしょうか・・・。

時に世界地図(特に欧米製の地図)を広げて見て下さい・・・。
その地図の右、端っこにある・・・。赤く塗られていないので見落とさないように・・・。
豆粒のような、この「極東の小さな島国」が日本、わが祖国!
多くの人々の汗と知力によって、創造資源を無尽蔵に凝縮させた国であるのです。天然資源は無くとも、さまざまな統計値に現れる世界第2位の経済大国であるのです。
その営々とした人々のの努力を真摯に受け止め、誇らしく思つています。
昭和41年、始めてヨーロッパを旅したのですが、日本人だと分ってくれないことが多く・・・。寂しい思いをしたものでした。
まだまだ国家再建、輸出振興の過程、発展途上国と見られてもいたのです・・・。
その後、数十回の旅では徐々に、そして、はっきりと日本人であることを認めてもらえるようになったのです。

我が国を誇りに思い、胸を張る・・・。
謙虚さ、謙譲心を持って大人が成し遂げた自信を背中で見せることが必要なのだと思います。
若い世代の意欲を喚起し、夢を与えたいのです。それは今の我が国にとっては最も緊急、重要なことだと思います。
「生きる」こと、「学ぶ」動機がそこから生まれるのです。
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数億年の人類史の中で最も激しい変革を遂げた20世紀。その世紀末のカウントダウンを聞きながら21世紀へ・・・。その感動は、早くも4年目になります。
時間の流れ、それは昨日から今日へと連なるものです。しかし、私にとっては、昨日とは確実に違う今日、心改まる新年なのです!
「紅白歌合戦」を聞きながら・・・、「神社仏閣に多くを願い、祈る・・・」、「木の間越しに初日の出を拝む・・・」、「恒例の箱根マラソン」も見た・・・。
非日常的な体験、より印象的で強力な年末年始の節目を!と心がけたものでした。
自分を生きるために・・・。
(2004/1・3→22日 記)

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